ライター 市橋かほる
VOL.2
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水出し珈琲とスイーツ・パンのお店「Cafeあんご」
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本日、訪ねるカフェは、神戸・灘にあるブックカフェ「Cafeあんご」。
阪急王子公園駅から東へ10分ほど歩くと賑やかな水道筋商店街が現れます。
その路地裏にひっそり佇むのが、このお店。
1人でゆっくりと本を開きたい時に訪れたくなる空間だとか。
この日は、ある1冊の本(CDボックス)から、
民族音楽家・ロビンさんが誕生するエピソードを知ることになります…。
–冬でも温かな日差しが感じられる昼下がり、
テラス近くの席に座ります‐
この店に来たら人肌を感じる。それがこの店の魅力です。
ブックカフェでありながら、お客さん同士が話に花を咲かせていることもあり、暖かい雰囲気がとても心地よいお店です。近隣の常連客も多いようで、1人でフラッと入って本を読んで、会話を交わしてフラッと帰る。そんな光景をよく目にします。本や飲食をただ楽しむだけでなく、ちょっとした人との交流があるところがとても気に入っています。
コミュニティができているんですよね。
神戸に来る前は、京都を拠点に 30年近く音楽活動をしていました。お寺で一緒に瞑想したり、音楽を奏でたり、ご飯を食べたりしていたんです。徐々に仲間が増え、いつの間にか子どもやおじいちゃん、おばあちゃんなど、誰が来てもいいコミュニティになっていました。ここに来れば誰かに会える。音楽が聞ける。そういう繋がりをとても大切にしていたんです。
このカフェには、「一人になりたい」という人もいれば、「一緒に何か話したい」という人もいる。それがとても素晴らしいと思うんです。私が1人で本を読んでいても、不思議と他の人の話し声があまり気になりません。誰もがそのままで受け入れられている。そんな空気を感じます。
これがアメリカだったら、誰かの家なんですよね。
「いつでも来てもいいよ」と、自宅をオープンにしているのがアメリカです。特に時間も決めず、都合のよい時に来て当たり前のようにご飯を食べて帰っていく。そういう文化がアメリカには根付いています。日本でも友人を自宅に招くこともあると思いますが、アメリカではもっとフランクなんですよ。そんな雰囲気をどことなくこのお店に感じますね。
実はこの店にはもう一つ、とっても驚くべき魅力があります。
それはマスターの観察眼。
マスターは奥の厨房で珈琲を入れたり、本を読んだりされているのですが、お客さんがどんな本が好きなのか、どんな本を必要としているのかを見抜く力があるんですよ。これまで、お客さんに、不意に本を渡しているところを何度も見てきました。それも何か説明するでもなく、ただ渡すだけなんです。ところが、受けとった人は「ああ、これいいねえ」「なるほどねえ」なんて感心している。きっと、お客さんがこれまで読んでいる本などから推測しているのでしょう。
―ロビンさんは立ち上がり、
本棚からある1冊の分厚い本を持ってくる‐
私にも特別の本を渡してくれたんですよ。
以前、インドに関係する本を読んでいた時です。
これを、マスターが私の所に持ってきてくれました。
「えー!!」って、開いた口がしばらくふさがりませんでした。
ビートルズのジョージ・ハリスンとインド音楽家のラヴィ・シャンカールのCDボックスだったんです。これは、シリアル・ナンバー付の限定版で、10年ほど前、ラヴィ・シャンカールの90歳の誕生日を祝って発売されたとてもレアなものです。2人の言葉や写真で構成されたブックレットも入っていて、とても貴重。私はこの2人を大変尊敬していて、発売を知ってすぐに注文をし、今でも大切に持っています。まさかこのお店で、同じものを持っている人に出会えるとは夢にも思いませんでした。
どうして私がこの本が好きなことが分かったの?
ただただ驚きましたね。そして、なぜマスターがこの本を持っているのか、どんな思いがあるのかも、とても気になりました。でも、マスターは寡黙な人。ただそっと目の前に置いて立ち去るんです。それもまたマスターらしくって、とても嬉しかったですね。
ジョージ・ハリスンは、ビートルズのメンバーとして有名ですが、1960年代半ばにインドの伝統的楽器「シタール」の演奏者であるラヴィ・シャンカールに出会い、この楽器の魅力に取りつかれます。ジョージはラヴィの元で「シタール」の演奏を学び、2人の関係は親子のように親密で深いものへと発展していきます。そして、ラヴィの奏でるシタールの音色はジョージによって世の中に大きく知られることになりました。やがて、ラヴィの影響を受けた音楽家がたくさん世の中に出ていきます。
私もラヴィの影響を受けた一人。彼がいなければ、今アジアにいないでしょう。
初めてシタールを聞いたのは、10歳の時。ビートルズのレコードの中のジョージの演奏でした。今まで聞いたことのない音楽に衝撃を受けました。「シタール」はギターに似たような形の楽器ですが、弦が20弦近くあり、音色がとても深いんです。その後ラヴィ・シャンカールのインドの古典音楽を聴きました。安らぎに溢れ、水が次々と湧き出すかのよう。とても神秘的でエキゾチックで、全くの別世界でした。私は早速、シタールを手に入れました。
「インドへ行きたい。」
その思いが止まらず、大学を卒業後にインドに向かったのです。日本を経てインドへ渡ったのを皮切りに、さまざまな民族音楽と出会い、アジア、アフリカ、南米諸国の旅を続け、今はここ日本にいます。ジョージとラヴィの音楽こそが、私が民族音楽に魅了された最初の体験なのです。
―と、その時。
マスターが本棚から「楽器の博物誌」という本を抜き取って
私たちのテーブルに置いていくー
ほらね、すごいでしょ。
こういうことですよ。私たちがこの本を手にしているのを見てピンと来たのでしょう。そして、私たちにふさわしい本を置いていく。それも、説明はいっさいなしで。ほんと、マスターはすごい人だ。
気さくな奥さんとのコンビも抜群ですよ。
ここではマスターと奥さんが交代でお店を切り盛りしているんですよ。物静かなマスターとは対照的に、奥さんは明るくって朗らか。お客さん一人ひとりに自然に声をかけ、話し相手をされています。マスターがいる時間帯とはまた違ったお店の雰囲気になるあたりもとっても面白いところです。
商店街の中にあるというのも素敵ですね。いつも商店街をぶらぶらして、野菜・果物屋をのぞいたり、リサイクルショップを回ったりしてから、このお店に入ります。自宅を出て電車に乗って、商店街の散歩を楽しんで、このお店でゆっくりと温かさを感じて、またぶらぶらして電車に乗って帰る。すべてが楽しい時間です。
~ママさんとのひととき~
<コミュニティとマスターのこと>
ロビン:こちらのブックカフェは“おしゃべり”と“静かさ”が共存していますね。このような雰囲気を作られているところが本当に素晴らしいと感じています。
ママさん:そのように言っていただいてありがとうございます。この雰囲気は意識して作ったというよりも、自然にできたものなんですよ。実はオープン当時は、ここから2軒隣の場所で今の2/3ほどのスペースしかないお店からのスタートでした。カウンターを挟んですぐ前が、お客様の席で。私たちは「カウンターを越えないように」と考えていたんです。お客様のプライベートには入らない、お客様の邪魔をしない。そういうことが大切だと考えていました。
ロビン:今とは、全く違いますね。
ママさん:はい。それが3年目ぐらいの時です。毎日来てくださってるお客様からお食事に誘っていただいたのです。そういうものも断らなければいけないって思い込んでいたんですけれど、そんな私たちのガチガチに閉ざしていた扉をお客様がそっと開けてくださったように思います。その後、移転をし、空間も広くなって、次第に「おしゃべり半分・本が半分」になっていったと感じています。といっても、本の冊数もそれほど多くないので、「“ブックカフェ”と呼ぶにはおこがましいね」とマスターともよく言っています。
ロビン:本もとても興味深いものが多いですよ。何より、マスターの本を選ぶセンスに驚嘆しています。
ママさん:マスターは、お客様の様子を見てピンとくる本を選んで渡しているんですけども、本当に天性のものがありますよね。でも、嫌がられてないかしらって、ちょっと不安なんですよ(笑)。お客様が喜んでくれたり、その本にはまってくれたりしているのを見るとほっとします。ロビンさんもマスターの突撃を突破して下さいましたよね(笑)。お互いに何か共通するものを感じたのだと思います。
ロビン:はい。マスターともっと深くお話をしてみたいと思っています。
<お店の名前の由来とはじめたきっかけ>
ロビン:お店の名前の「あんご」は仏教用語に由来しているそうですね。
ママさん:漢字では「安居」と書くのですが、お釈迦様が弟子たちと過ごす憩いの場所という意味があるそうです。マスターがそんな場所にしたいと名付けました。
ロビン:そうでしたか。私も仏教の考えにはとても共感しています。だから、この空間が居心地よく感じたのかもしれませんね。
ママさん:あと、司馬遼太郎さんの本の中に、「“一杯のコーヒー”を飲んでる間に、自分の進学先が変わった」というエピソードがあります。マスターがこのエピソードを読んだ時に、「これが僕が思っていたことだ!」って言っていました。ただの一杯のコーヒーですけど、その人の人生を変えるきっかけになることもあるんだって。この2つの想いはオープンして以来、ずっと持ち続けているものですね。
ロビン:そもそもコーヒー店を始めようと思われたきっかけは?
ママさん:マスターと一緒になったのがお店を始める少し前なんです。2人で一緒にできるものはないかなって考えた時に、2人ともコーヒーが大好きだったので、「じゃあコーヒー店をやってみよう」って。儲けるというより、2人で生計が立てられたらいいなって考えていました。ちょっと甘い考えだったかもしれませんが、地域の高齢者の方の居場所になったり、若い方がちょっと勉強したりする場所になりつつあって、お客様とのつながりが嬉しいですね。
<音楽について>
ロビン:以前はライブもされていたんですよね。
ママさん:ええ、生演奏で。音楽好きのお客さんもよく集まってくれていたんですよ。私たち2人とも音楽も大好きで、マスターはワールドミュージックをよく聞くし、私は津軽三味線を弾いていました。母が北海道の出身で津軽三味線の師匠をしていたので、小さい頃から身近にあったんです。
ロビン:津軽三味線ですか。日本に来た時、最初に聞いた生演奏が津軽三味線でした。すごく大きな音にびっくりしましたね。その後、一緒に演奏させてもらったこともあるんですけれども、迫力のある楽器ですね。
ママさん:そうなんですよ。他の三味線よりも大きし、弾き方も力強いですね。コロナが収まって早くライブができるようになればいいんですけどね。
ロビン:きっとまたそういう日が来ますよ。
<手作りパンとケーキについて>
ロビン:今後のことで考えていることはありますか
ママさん:常に変化はしていかないといけないと思っています。水出しコーヒーの味もオープンした14年前からマスターはちょっとずつちょっとずつ改良を重ねてきています。そして、私自身は、手作りパンとケーキのテイクアウトを増やしていきたいですね。
ロビン:ママさんの手作りパンもケーキも大人気ですね。
ママさん:ありがとうございます。オープンして5年目ぐらいから手作りを始めたんですが、それまでは全く作ったこともなかったんですよ。でも、自分で作れば原材料についても全て説明ができて安心ですし、それを喜んでいただけるのが自信にもなってきて。この辺りはパンもケーキも美味しいお店がいっぱいあるんですけれども、わざわざうちの店のパンとケーキが食べたいって来てくださるお客さんが増えているんです。私にも出来る事があるんだなって気づかせてもらっています。
<地域とともに>
ロビン:私はデイサービスで音楽療法もさせてもらっていてご年配の方とも触れる機会が多くあります。家庭的な雰囲気で気楽におしゃべりができるこのお店の存在は、地域にとってもとても意味のあることだと感じます。
ママさん:そうですね。ご年配の方は毎日決まった時間に来てくださる方々もいらっしゃいます。
ロビン:きっとこのお店に来ることが、生活に組み込まれているのですね。
ママさん:そうであるならば、その生活を守って差し上げたいって思っているんです。以前、毎日来てくださっていたお客様がしばらく来られなかったことがあったんです。人づてにご主人が亡くなられたと伺いました。でも、ある時また来てくださって、帰り際にぽつりと教えてくれたんです。「ここへ来てコーヒーを飲むことが自分の生活の一部になっていた」って。そして「それを取り戻すことが、夫との悲しみを乗り越えることにもつながるんです」と。それを聞いた時に、この場所と時間を守りたいって強く思ったんです。
■店名 Cafeあんご
■マスター:●●さん
■住所:神戸市灘区水道筋4-3-16
(阪急王子公園駅から徒歩7分)
■チャイの有無:有(ロイヤルミルクティー風)
■その日のBGM:ジャズピアノ
■URL:https://www.facebook.com/cafeango.1001/
2007年オープン。神戸灘・水道筋商店街を曲がったところにある、隠れ屋「Cafeあんご」。熟成を重ねてきた至極の水出しコーヒーと店の工房で焼き上がる自家製スイーツが人気。店名の「あんご」は、お釈迦様が弟子たちと過ごす憩いの場所・安居からだそう。