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中国のミュージックワールド



 ワールドミュージックについていつも不思議に思うのは、日本のみなさんが近隣の音楽にあまり興味を示さないことです。南米、アフリカ、インド、インドネシアなどの音楽は、エキゾチックな魅力がいっぱいで人気がある一方、ロシア、中国、韓国などの伝統的な音楽はほとんど注目されません。もしかすると、伝統的な日本の音楽がもっとも注目されていないジャンルかもしれません。そんなわけで、今回は中国の音楽にスポットライトをあててみたいと思います。もちろん興味がわかなければ、中国の音楽の CD を買う必要もないし、中国へ行ってみることもありません。私がよく取り上げている遠いアフリカの冒険から、日本海を渡ればすぐそこにあるすばらしい音楽の歴史と文化へとみなさんをお誘いします。

 
  中国人の食へのこだわりについてはよく知られていますが、彼らはその長い歴史を通じて芸術をこよなく愛好してきた人々なのです。音楽に関しては、紀元前 1000 年頃までさかのぼる古い楽器が展示されている博物館がありますし、それらの中にはまだ演奏可能な楽器もあるのです!粘土で作られた丸いオカリナや石の鐘などがそうですが、それらよりもさらに古い楽器の絵も残されています。天然の材質で作られていた楽器なので、現物はすでに残っていませんが、幸運なことに紙面での記録が残されているのです。

 中国の音楽は、哲学や占星術や自然などに結び付けられていることがよくあります。今日の楽器のようにただ単純に「楽しむ」だけではなく、そにはほとんど常になんらかの「意味」が込められていました。中国の音楽の起源についてもっとも有名な伝説は次のようなものです。紀元前 2697 年頃、 Ling Lun (リン・ルン)という名の男が、皇帝に西の山へ行き、竹を切って基本になる音の高さを定める笛(ピッチパイプ)をつくるよう命ぜられました。彼はその笛の音の高さを、その竹を切った林に住む鳥たちのうた声に合わせました。このような音階を使うことで、その皇帝の代が自然と「調和している」と当時の人々は信じていました。後代の皇帝は、音楽家と占星術師らとともに、このピッチパイプの長さを測り直したり調整を加えたりして、自分の代が末永く続き、自然の原理と調和の取れたものになることを望みました。

 このような中国の古典音楽におこる自然の反映は、文字どおり何千年も続いていくのです。たとえば、 5 音階(ペンタトニック)のそれぞれの音は、自然の 5 大元素である、木、火、土、金(鉱物)、水に関連づけられています。 12 音階は 1 年の 12 ヶ月と 1 日の 12 時間の周期に合わせてつくられました。楽器はその材料により、次のように 8 つの音に分けられました。土もの(陶器)、石、鉱物、皮、木、竹、ひょうたん、絹。このことは、楽器の漢字をみるとうかがうことができます。土もののオカリナは ?( hsuan )と書き、土へんがついていますし、石の鐘は磬( ching )と書き、石がついています。パンパイプ(長短の管を長さの順に並べた楽器)は、陰陽思想( Ying/Yang )にもとづいて作られていて、男性を表すパイプと女性を表すパイプは長さの順に並んでいるのではなく、真ん中から外側へ向かって左右に分かれています。

 笙( sheng 、日本語ではショウ)の音は、不死鳥( phoenix )の鳴き声を模したものだと言われていて、その形は不死鳥が翼をたたんでいる姿を表しています。ちなみにこの楽器は、歴史上最古のパイプオルガンであり、 17 世紀にヨーロッパにもたらされたと考えられています。

 

 古代中国で古典楽器がとても重要視されていたことは、紀元前 1000 年頃に、すでに国のつかさどる「音楽省」なるものが存在していたことからもわかります。この役人の職務のひとつは、首府のすべての楽器を、宮廷にある音の基本となる青銅の鐘のピッチに合わせておくことでした。他にも、さまざまな儀式を監督したり、地方の流行歌や民謡を収集したり、宮廷音楽の作詞を担当したりしました。

 また、別の時代(紀元前 1122 年から 255 年)では、オーケストラの大きさでその役人の階級がわかりました。階級の高い役人のオーケストラは 27 人編成で、下の階級になると 15 人編成でした。その後オーケストラは増大し、今の西洋のオーケストラのように多くの弦楽器奏者、管楽器奏者、伴奏用の打楽器奏者から構成されるようになります。(これは西洋のオーケストラが現れる 1800 年も前の話です…)舞踏団には 180 人ものメンバーがいました。

 1 世紀の首府には、ひとつの軍隊バンドと 3 つのオーケストラがありました。オーケストラはそれぞれ、宗教儀式用、弓技用、正式晩餐および娯楽用のものでした。合計 829 人もの演奏家が雇われており、それぞれ 25 種類もの楽器を巧みに演奏することができたそうです。女性演奏家だけのオーケストラの人気も高かったようです。おもしろいのは、これら宮廷オーケストラのコンサートマスターは、日本の雅楽と同じく、太鼓奏者だったことです。

 古代から中国人の研究者たちが、なんでも記録しておいてくれたおかげで、現代に生きる私たちも、古代の流行歌や作曲家について、またそれらの曲がどんな機会に使われていいたのかについて知ることができます。当時流行した音楽の多くのスタイルの中には、宮廷の外で演奏される「立ったまま聴く」音楽や、宮廷内で演奏される「着席して聴く」音楽などがありました。


  5 世紀から 10 世紀にかけて、中国では 500 年間にわたってワールドミュージックブームがおこり、あらゆる地方の音楽が、海外から演奏ツアーにやってきた沢山のグループから大きな影響を受けました。これら海外のグループは、カザフスタン、モンゴル、インド、ペルシャなどからやってきました。これを機に多くの楽器のデザインや調律が変化し、新しい歌い方のテクニックが登場し、その音楽の様式は 20 世紀にいたるまで、ずっと繁栄と衰退をくりかえしてきました。中国の歌劇だけを見ても、 300 種類以上ものスタイルが確認されています。となると、どれくらい多くのフォークミュージックが生まれたかは推して知るべしです。

 中国音楽の文字による記録は 4000 年の歴史を誇っているのですが、残念なのは当時使用されていた楽器がほとんど残っておらず、残っている楽譜も現在解読できる人がまずいないことです。だから当時の中国の音楽がいったいどんなふうに聞こえていたかを、知ることはできません。太古の役所にはマイクやテープレコーダー、 i-pod を買う予算はなかったんでしょうね。でも、「ライブ」の演奏はさぞすばらしかっただろうと思います。現代のテクノロジーの到来とともに、中国にも西洋の音楽と文化の圧倒的な影響がなだれ込みました。また、中国の政治とその強烈な共産主義政権がさらに、宝とも言えるたくさんの伝統芸術や音楽を一掃してしまいました。日本の伝統的な音楽よりは、中国のもののほうがまだ見つけやすいでしょうが、それでも簡単に見つかるとは言えないでしょう。中国の達人により「古典」の演奏を集めた CD のシリーズが日本でも入手できます。機会があれば、唐時代の漢詩集を広げて、中国茶か紹興酒をすすりながら、その音楽に耳をかたむけてみてはいかがですか。悠久の昔の音に想いを馳せながら…。



 



 


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